2014/03/31

一月十日

 おばあちゃんが亡くなってから初めての正月だった。昨年はにこにこと餅を出してくれたひとが骨になって墓石の下にいるのが不思議な気がした。おじいちゃんとふたりきり、雪山で過ごす七日間はまさに静謐だった。ほんの少し緑がかっている冬。





 せめて、特別すぐれたものでなくとも、何かしらを生み出せる人間でいたいと思っていたのが嘘みたいに、薄い灰色の日々を送る。部屋はこんなにも静かなのに、私の頸の付け根のあたりはいつだって騒がしくて、そちらに気を取られてだいたい何でもすぐに忘れてしまう。現にいま、何も生み出せない自分への焦慮にひどく暗い気持ちになりながら、それを塗り潰すように好きなことにまつわる思考でいっぱいになっていることに気づく。こんなのは愛でも娯楽でもない、定型化した崇拝だ。サイクル、環、未知が樹の形をした深い木立ちに囲まれたひとすじの小路を歩く。そこにある道をただ辿るだけ、そこに何の理由も疑問もなく、平和だと時々思う。戦争はよくない。戦争は頭のなかだけでなく肉体もぐちゃぐちゃにしてしまうから。