Showing posts with label フォークでいっぱいの引き出し. Show all posts
Showing posts with label フォークでいっぱいの引き出し. Show all posts

2015/08/23

祝福と呪い

 その日は左足のかかとに靴擦れを作ってしまったので、右足の指先でその水ぶくれを撫ぜながら眠りに就いたのだった。もしかしたら、所有を解かれようとしているその皮膜のなかの物語だったのかもしれない。
 起伏に富んだ地形をした、自然が豊かな場所だった。それはマチュピチュのようであったし、ワールドカップの特集番組でよく流れた、ブラジルの風景を空撮した映像にもよく似ていた。干からびて粉っぽい泥岩が転がる谷は、荒い岩肌を晒してそびえ立ち、その切っ先はまっすぐに空をめざしている。同じく空のふもとには文明らしさに満ちた都市が広がっている。摩天楼さながらの高層ビル群、いくつもの街を繋ぐのはゴールデンゲートブリッジそっくりの大きな橋だった。そこに車はなく、人々がひしめき合って行進している。鼓笛隊の格好をした黒人、Tシャツにジーンズの子ども、立派なスーツの紳士。彼らの身なりも人種もてんでばらばらで、ひとりぼっちで迷い込んだようなのもいれば、どこか大学のスポーツチームのような、揃いの服を着た騒がしいグループもいる。ただ彼らは何ものかに静かにとり憑かれて、等しくひとつの方向に進み、引きずられていた。
 私はそんな彼らを窺いながら、曲がりくねった山道をひとり上っていた。あちらは陽がきびしく照りつけて地面もすっかり水分を失った色をしているのに、こちらはじっとりとした霧雨だった。霧があまりに深いので、建物とその番人に気づくのが遅れたくらいだった。はたして彼は友人の父親であった。数年も会っていない彼は私の適当な想像らしく、頭に白髪を増やし、目の下に薄い隈を作っていた。彼は何も言わずに私を建物へ案内した。霧の奥に細い煙突の影が浮かんでいる。そこは火葬場であった。
 火葬場の手前には豪華絢爛極まりない装飾の施されたお堂があり、そこで足を止めた。派手なお堂とは対照的に、庭には砂利を引いてあるだけで何とも素っ気ない。その庭にはいくつか死体が横たわっていた、というよりも打ち捨てられていたとの表現が似つかわしいだろう。足元にいる女性らしき身体は裸足で、雨で白いかかとの皮膚がふやけていた。私の後ろを通り過ぎてゆく老婆の二人組が言った。「いずれああなる」。雨粒でも消えない線香のにおいが強くなった気がした。
 ここまで何ひとつ言葉を発しなかった友人の父がおもむろに石を拾い上げ「これを持っておくとよい」と手渡してきたのは、小さなブーメランの形をした薄い灰色の石だった。それを受け取ったかどうかは覚えていない。
 ふもとに降りビル街に進む。道路は冠水しており、徒歩ではなく水流に任せて移動をするというルールらしかったので、何となく流れていたら唐突に街がぶっつり途切れており、市民たちは滝つぼへ吸い込まれていった。滝を真っ逆さまに落ちてゆく途中、水の向こうに足場が組まれていてヘルメットをかぶった作業員がせかせか働いているのが見えた。「心の奥にインビジブル・ライフ」と垂れ幕に書かれているのを目で追いながら、たっぷり10階分は落下したように思う。
 私も周りの人間たちもみな無傷で、そのまま明るいトンネルを流されることとなった。進行方向の右側に水面から伸びる石段があり、それは壁際のドアに通じており、それらは10メートルおきに設置されている。トンネル内に備え付けらえた非常電話のようだが、あれはこんなにたくさん設置しておくものではない。流されているうちに、そのドア付近には女性たちが立つようになった。彼女たちはみな淡い若草色のロングドレスに身を包み、流れに飲まれている私たちのほうへ手を伸ばしているのだった。彼女たちは占い師なのだという直感が私にはあったが、何故だか感じる忌まわしさの正体はわからなかった。
 そのうちある女性の顔に意識を縫い止められたかのように目が離せなくなった。同じまとめ髪、ドレス、伸ばされた手。これまでの人生のうちで絶対に出会ったことがないとはっきり言えるほど、その顔は具体的すぎた。夢の世界では追いつけないような、細密な形質の描写…ああ、これは夢だ。でも彼女はきっとどこかに実在するんだろう。
 彼女の口が大きく横に引き伸ばされて、ニタリと笑った。祝福と呪い、そんな顔をしていた。

2012/11/18

肉について

まるまると肥えて胸元から臀部にかけて見事ななだらかさを持った大男の夢だった。無地のアイボリー色のTシャツに辛子色の半ズボンを穿いて、脛毛は生えていなくて、若い娘の脚のように張りはなくとも綺麗な脚だと思った。 

私はその男がなかなかに気が弱く心の優しいひとだと知っていながら、どうしてか存外ひどく扱うのだった。やむを得ず3階の窓から飛び降りようとしている人間に向かって「本当に飛び降りるのならこのデブを下に敷け!」などと叫んでいた。それも本人がいる前でのことであるから、あんまりだ。私がひどいのは彼の体型を揶揄したことのみならず、彼の持つ特異な体質までをも愚弄したからであった。彼は他人とのあいだにいくらかの衝撃をもって触れるとその箇所がひき肉となってしまうという、何とも不可思議な身体の持ち主であった。例えば肩がぶつかるとそこから崩れてひき肉がボロボロと散らばる。そしてそのひき肉に触れた者もまた身体じゅうが醜く崩れて、細かい肉の塊になって土に還る。それゆえに人びとは彼をあからさまに邪険にはしないものの、どこかよそよそしい。彼のもとに飛び降りろという私の発言は、彼が人助けすら出来ないことを示していた。 

彼は子犬を10匹ほど飼っていた。ぶちのないダルメシアンのような、白くしなやかな子犬たち。彼らは道を穴だらけにしていったモグラの真似をして、モグラ穴の中を潜ったりかくれんぼをして遊んでいた。そこへダンプカーが通りかかるわけだが、穴のなかに隠れた子犬たちの存在など知らぬ運転手は、モグラ穴の上を砂煙を上げながら走り去ってゆく。いくらか踏み固められてしまったように見えるその道路に慌てて駆け寄り、穴を突き崩してみると、潰れてしまった子犬たちがいた。外傷はなく、膠のような赤い物質に濡れた彼らは胎児のようだった。地面という胎で死んだ子どもたち。あまりのことに、私はあの大男の顔を見ることができなかった。

2012/10/09

オークでできた背中

1階はエントランス、ガラス扉の正面の螺旋階段を上ると踊り場に革のソファが展示してある。上層階はダイニングテーブル売り場だとの看板に従いさらに上へとゆくと、大女がいる。大女というか和田アキ子だったのだけれど、彼女はクリーム色のツーピースを来て、胸元に薄いピンクの薔薇のコサージュをしていた。入学式の保護者のような格好であるのにその行動はそぐわないもので、右腕を存分に振り切って、それにつられる形でその長い身体が躍動している。卓球をしているのだ。展示されているダイニングテーブルたちを卓球台に見立てて、もう滅茶苦茶にピンポン球を打ちっ放している。力加減の分からない彼女に打たれた球は方々に飛んでゆき、あちこちにへこみを作った球が転がっている。たまに食器戸棚のガラス窓にヒビを入れたりしている。なかなか異様な光景ではあるが、何より心臓に悪いのが打ち込む瞬間の絶叫であった。「ゴオォォォォオル!!」。競技が違うし、ゴール出来ていない。

2012/09/30

「夢をみたんだ」

9月4日
昔ほっぺをかじられて大泣きした時の夢をみた 人間にかじられた 

9月15日
農業施設に侵入するも見つかって裏手の軽食喫茶にかくまってもらい、そこのマスターに呪いのDVDを渡され、8分以降も視聴を続けるとやばいという警告を受けながらマスターの声がバグっていくのを見ていたら現実世界でのろしがあがり身体がびっくりして痺れながら目を覚ました 

9月18日
影絵でものすごく長い空中ブランコのシルエットが映し出されるんだけど紐部分が切れて墜落し痛がっているのが最終的に動かなくなり、目の前が真っ暗になったところでホームビデオの映像を見ていたと気付く夢をみた 

9月22日
デパートのエレベーターのうち一つが隣接するホテルの無人ロビーになっていて指紋認証するんだけど弾かれ、マツキヨの店員に慰められる夢をみた

2012/08/18

少女期の根

小学校の体育館の隅っこで、小太りの老人と新聞紙で兜を折っていた。トイレに近いうえに日当たりがよくないので、じめじめとしていて居心地はひどいものだ。壁に備え付けられた暖房を囲う鉄格子に背中を預けて、(現実ではこれっぽっちも折れない)兜を折っている。 
その老人はごま塩を振ったような頭をしていて、もみあげと髭の区別が判然としない容貌をしていた。彼はサッカーのディフェンスについての蘊蓄を、ときおり唾を飛ばしながら語り続けてくるのだった。私はサッカー観戦はするけれどもルールにけして明るくないので、わかるようなわからないような、曖昧な相槌が鼻から抜けていくのに任せている。
新聞のインキで手のひらが黒ずみ始めたころ、私は紙面に見知った顔を見つけた。丸抜きのその顔写真は高校の同級生のもので、記事を読むとどうやら逮捕されたらしい。通りすがりの女子中学生に「わあ、ひどいぶす」「ねー、あれはないね」などと、あの年代特有の陰湿さでもって囁かれたのだそうで、かっとなった彼女は持っていたカッターナイフでふたりを切りつけたとのことだった。 

夢からはみ出した膿は少し気持ちが悪い。

2012/07/02

雨季

・ちょっとばかり浅黒い肌をしたその男は、ある意味でメディアの寵児だった頃に比べればふっくらと丸みを帯びた身体をしていた。苺のチョコレートでコーティングされたクリームドーナツをあげると、漫画のように諸手を挙げて喜ぶのだった。かわいい仕草をするひとだと思った。 

・ニュービーズ(洗剤)が1箱158円というたいへんな安さに心を躍らせる。 

・私は腕利きの殺し屋になって、地下のダンジョンらしきところで敵たちをバッサバッサとなぎ倒してゆく。こちらに振られた太刀など素手でひっ掴み、アルミ板でも曲げるみたいにぐにゃぐにゃのうねうねにして、ぽいと投げ捨てる。それが相手の眼球を斬りつけ破れる。もう彼は何も見えないだろう。だって私がそうしたのだから。

2012/06/23

ねじれに気付く前と後の世界の違いについて

私がまだ水着姿に恥じらいを持たないような子どもだったころ、足繁く通っていた隣町の温水プールに似ていた。曇りガラスの小さな窓からそっと射し込む光、幼い私には迷路のように感ぜられたロッカーの連なり、冷たい白のタイル。見た目だけでいえば『水の中のつぼみ』のプールがなかなか近いと思う。屋内プールであったから天気など気にせずに泳ぐことが出来るのだけど、そこでの記憶はいつも快晴とともにある。しかしそれは冴えた青空ではなく、当てすぎたライトが輪郭や細部をすっぽり飲み込んでしまったみたいに、ただ明度だけがそれを空たらしめている。プールの壁に張り巡らされたガラスの向こうの夏に比べて、真っ暗なプールで水遊びをするのが好きだった。いや、真っ暗なはずはないのだけれど、屋外/屋内のコントラストが記憶のなかで大げさになっているのだろう。私はこの無機質な温水プールの翳りをたいそう愛している。
私の過去の夏の空はハワイアンブルーではなくて、バターを溶かした牛乳の色をしていた。 

夢のなかで自分の状況を把握したころには、既に私は素っ裸でプールに肩まで浸かっていた。なぜ裸なのか、誰かに見咎められやしなかったのか、様々が疑問と羞恥がないまぜになって頭蓋のなかで沸騰しそうな気持ちになる。プールには人がいるので上がるわけにもいかず、私は隅に移動して体育座りのように丸まってやり過ごすことにした。何てことだろうと思いつつも、自分が最後のひとりになるまで待ち続けようとしたのだ。するとみるみるうちに空色が悪くなり、あっという間に鉛色の重たい雲に覆われてしまったのがガラス越しに見える。と、ボチャン、とプールに何ものかが落ちた。それが何なのか確かめる間もなく、それはドボドボと音を立てて次々降り注いでくる。拳ほどの石のようなそれは雹だった。客の悲鳴と雹が降る音、たまに人に当たる鈍い音がプールいっぱいに反響する。そんな混乱のなか、まばゆい光に一瞬静まりかえる。いま視界が天井に稲妻が走ったのがはっきりと見えた。室内なのにムチャクチャだ、と叫ぶ間もなく落雷の音と地鳴りが響き渡る。私はただ叫んでいた。息継ぎとおんなじくらいに苦しかった。

2012/06/12

クリーム

浅黒い肌に厚めのくちびる、そして少しごわごわとした硬めの髪の毛をした少年は十四歳だという。水色の遮光カーテンで外の光を断った部屋のなかに長らく閉じこもっていた彼は、世間のいうところの引きこもりであった。彼の生活はといえばゲームやインターネットに明け暮れるわけでなく、通っていた学校の教科書を読んでみたり、問題など解いてみたり、たまに菓子をつまみ、そして入浴や排泄や睡眠などを繰り返してゆく。彼の外側にいるふつうの人間の生活が、彼の部屋の内側にすっぽり落とし込まれているだけのことだった。 

彼はマラソン大会に出るので私にペースメーカーとして併走しろという。そして舞台はいきなりマラソン会場のスタート地点である。案外大きな大会であるらしく、交通規制の敷かれた4車線道路の沿道に、警備員を押し返す勢いで人びとが集まっている。警備員が服のボタン、コーンやテープが布地、それらをぐいぐい押しやる人びとの群れははち切れんばかりに生命力溢れる肉体。まだスタートもしていないのに紙吹雪なんか舞っていてたいそう気が早い。白のシャツと紫のトレパンを着用した彼の猫背ぎみの身体は頼りなかった。 

ビル街、海を臨む橋、緑地、ビル街、運動場。どういうわけか私と彼は優勝してしまったのだった。陸上競技場でゴールのテープを切ってもなお私たちは走り続け、また競技場を抜けて、隣にある文化会館へと向かう。これが50階はあろう高層ビルで、地上だけでなく地下にも数十階ぶんのフロアがある。ガラス張りの玄関ホールの吹き抜けで立ち止まると、上から下から、アアアと木霊のような声が響いてくる。そしてターザンのごとくロープにしがみ付いて四方八方飛び回る者が現れるのだった。外国人の誤った忍者のイメージのような、黒装束たちだった。まぬけ面で彼らのようすを眺めていると、「いくよ、あいつらに負けたら駄目なんだ」と彼が私の二の腕を小突く。どうやらここでは宝探しが行われているらしかった。宝が何なのか分からぬまま、私たちは歩きだしていた。

2012/06/08

あなたの唇のがさがさを守る会

カルチャースクールだろうか、腹に糸を通されひとつなぎにされた折り鶴や様々な柄の色紙を用いたちぎり絵、書道の作品などが飾られている。細切れの色紙を繋ぎとめている糊の甘辛いにおい、風に煽られて薄く折れ目のついた半紙のほのかな墨のにおい。記憶にいちばん近いのはいつだって嗅覚だった。 
私は青い粘土でマッサージくんを作っていた。へらで形を整え、削ぎ落し、人間の指先では不可能な鋭角を持った手を生み出す。あらかたその身体を造り終えると、与えられていた彫刻刀で顔を刻んでゆく。目、口。私は満足してマッサージくんを彫刻刀の傷だらけの机に置いた。

眼鏡をかけた、シャープな顔立ちの女性が何やら木の枝を差し出している。指名手配犯であった菊池直子であるらしかった。その手に握る木の枝は杉であり、触れてみると驚くほどに柔らかく、ヒノキのようなライトブルーのような甘い芳香が広がった。杉というよりコニファーに近い感触の葉だった。ん、と彼女は私にそれを軽く押し付けるように寄越すので、私はハア、と言いながらそれを受け取っていた。

大地が狂ってしまって、あちこちの地区がごちゃごちゃになってしまってたいそう混乱する。23区で言うなら、足立区が千代田区のあたりに来たり、練馬と世田谷がひっくり返っているような感じだ。更に困ったことには、人びとが暮らす地上だけでなく自然にあるもの、断層であるとか火山のマグマであるとかまでめちゃめちゃになってしまったことだ。夢のなかで目を覚ましたら、アパートの押し入れから水がだらだら流れている。温泉の湧水口に成分がこびり付いているように、ふすまに水の流れたあとが鮮やかに筋を作っている。押し入れに水脈が出来たらしい。私の布団や冬服などが濡れてしまうと困るので、とりあえず洗面器をそっと置いてみたりした。

2012/05/25

花と獣

初夏の日射しを和らげるたわんだ空間のなかにいた。その透明の膜のむこうに見える白い太陽の輪郭は柔らかくにじんで、膜を透過した光線は束が解けてほうぼうに散らばっている。足元には花が、草が、あらゆるみどりがあった。ここは崖のそばの草原なのだとわかる。 
そこは怪獣の胎のなかだった。かつてその草原に果てた巨大な生き物の亡骸が、温室を形作っている。逞しく節くれ立った背骨の連なりを棟木に、そこから弓のように弧を描くいくつものあばら骨がまるくドームをかたどるように伸びている。骨にぴとりと張り付いた膜、いわば温室のガラス窓は、その獣のかつての肉だった。少しずつ肉が水分と養分を失い乾涸びて、しまいには薄い膜だけが残ったのだ。いつしか根付いた草花たちを厳しい寒さから、容赦ない風から、凍えるような雪から守る窓。 

死んでなお腹に命を宿すのはどんな気持ちだろう。 

2012/05/18

きみだって骨になる

3年前の夏に急死してしまった友人が赤とピンクの趣味のよくないポロシャツを着て、にこにこしている。その部屋にある大きな机いくつかとミシン、隅に追いやられたトルソーから、どうやら中学校の家庭科室らしいとわかる。掃除の時間にそうするように、椅子を机の上に載せて壁際に窓際に寄せて、ひとつだけ机を教室の中心に残しておく。これを卓球台に見立てて卓球をしよう、と彼女は言った。私と彼女とでダブルスのチームを組んで戦うということらしい。卓球部のエースだった彼女の足を引っ張るのはわかり切っているので、あなたひとりでやったほうが絶対強いでしょ、それに私ラケットなんてないし、と言う。じゃあこれ使えば、と彼女は折り畳み傘を取り出して取っ手を私の胸に向けて刺す。赤地に白の小さい水玉柄。ラケットより大きいから当たりやすいかもよ、と細い目をさらに細めて目尻をしわでいっぱいにした。私は、彫刻刀で机に刻まれたいたずらの跡を撫でていた。 

2012/04/15

安寧

いわゆる学級崩壊というやつを起こして教師の側も諦めている、アナキズムでいっぱいの高校の生徒。始業のチャイムが鳴っても騒がしいままの教室では誰ひとり教科書を開かず、教師がやって来ることさえない。文字通りに登校と下校を繰り返すのがここの生徒の毎日であるらしい。ななめ後ろの席に幼なじみがいて、この幼なじみというのがわりあい夢によく登場してくる。家が2キロほど離れていたけれど、田舎なので彼が同級生のなかでいちばんのご近所さんであった。笑っているんだか笑っていないんだかよくわからない表情をしているのがいつも通りで安心した。

私の夢のなかの学校は、いつも日当たりが悪くて薄暗い。 

体育の時間になった。授業には取り組まないくせに教室の移動だけはちゃんとするらしく、生徒たちはジャージに着替えて体育館にぞろぞろ連れ立ってゆく。今日はバレーボールをやるらしい。どうもバレーボール部のエースであるらしい私は大活躍をしていて、体育の授業では現役の部員は加減してプレーするものだけど、私は遠慮なくボールをぶっ叩いていた。取り柄が少ないのでこういった場面が嬉しくて仕方ないのだと思う。このバレーのルールが変わっていて、マスクを目にかぶせて視界を遮った状態でプレーしなければならない。当然ボールはあらぬ方向に跳び、人もあらぬ方向に跳び、転び、倒れる。私はネットを張る鉄柱に頭をぶつけていた。ふつうのバレーよりもずっと汗をかいてマスクを外すと、汗が玉になって布の裏側についていた。 

教室に帰ると、窓際のある席の上に茶封筒が置いてあるのを見つけた。そこに近付くにつれて、どうもその机だけが他よりも鉛のような色を帯びて黒ずんでいるのに気付く。それは鉛筆でいっぱいに埋め尽くされた落書きだった。いじめ。自分の机ではないけれど、封筒を持ち上げて、隠されていたところまでじっくり眺めてしまう。緻密に、ほとんど隙間がないくらいに描き込まれた落書きはむしろ細密画のようだった。私はふと手に取った封筒が気になる。他人宛てのものであることに何らためらいを感じることなく、糊付けされていない口から中身を取り出す。何枚かの薄紙が三つ折りにたたまれていて、あの青く文字が浮かぶ複写式の紙で、「請求書」と上に印字がされているのだった。請求の内容は学校の備品で、それがこの机に置かれているということから、学校がこの机の主の生徒に支払いを押しつけているのだと思った。
何と学校からもいじめられるとは、いったいどんな奴だろう。私はそのひとに会ってみたいと思ったがそれは叶わなかった。現実の世界での音が夢に入り込んできてしまって、意識が覚醒へと向かってしまったから。アパートの向かいの油屋の駐車場にバック駐車するトラックの警告音が、夢のなかの教室に響き渡ったけれども、音の元らしいものが見当たらないので、ああ私にとうとう幻聴が!と焦燥に駆られていた。

2012/03/24

白夜ごっこ


雪山の、スキー場に隣接しているタイプの宿泊施設が集まったリゾート地に遊びに来ていた。シーズンということ、そしてちょっとした温泉があるということで幾らか賑わっていた。そこの地形が少し変わっていて、中国の岩窟のようなのだ。高い高い崖がゲレンデの頂上にそびえていて、その壁をえぐるようにホテルや小屋が建てられている。 

私はふもとからホテルに向かって歩いていた。スキー靴を履いていたので膝から下が固くて大変に歩きづらく、ヒョコヒョコと歩いていた。一台の白いバンとすれ違う。何となくそちらに目を向けると、ある有名人が運転席に座っていた。夢のなかで私と彼とは旧知の仲ということになっていて、その山で実に久しぶりに偶然に再会したので互いに驚いている。彼は何事かを私に向かって喋っているのだが、窓も開けてくれないので何を言っているのかわからず、車はそのままふもとへと下ってゆく。私はそれを追ってまたふもとへと戻ることにした。 

彼は私が泊まっているのとはまた別の、民宿っぽい雰囲気のホテルに滞在しているらしかった。こげ茶の木目の廊下の突き当たりに風呂があり、のれんをくぐって脱衣所に入ると服が丁寧に一式たたまれている。昼間だからか貸切状態で風呂を楽しんでいるらしい彼を木のベンチで待ちながら、脱衣所の壁や天井をぼんやりを眺めている。青と白のタイルは脱衣所というより浴室のほうらしいつくりで、眺めれば眺めるほどに、脱衣所と風呂を間違えてごっちゃにして作ってしまったんでないかしらと思われた。しばらくして風呂の擦りガラスの引き戸が開いて、戸のすぐそばに掛けられているシャワーカーテンらしい布からひょこっと彼が顔を出した。電気を点けていないらしく、向こうは暗かった。
「なんだお前、待ってなくても良かったのに」
「さっき何て言ったの」
「いつ?」
「外ですれ違ったとき、聴こえなくてわからなかった」
「ああ、トイレ行くからって言ったんだ、あれは」
会話が途切れると彼はまた向こうに引っ込んでシャワーを浴び始めた。少ししてからローブを身につけて出てきた。私の隣に腰掛けて、ため息をひとつつくと、うつむいてそのまま泣きだしてしまった。そして「火あぶりになんかしなくたっていいのになあ、ひどいなあ」とぽつりと呟いた。ジャンヌ・ダルクのことだと何故だか分かった。さめざめと泣く男の隣に座りながら、ああこのひとは何百年も同じことのために泣いているのだなあと思っていた。 

2012/03/19

泳げないムカデ

私は爪を短く揃える習慣が身に付いているわりには靴下や布靴の先をすぐに駄目にしてしまう。身長に比べて靴のサイズは小さいほうだというのに。卒業した翌年に廃校になった出身小学校の、いつもコーヒーのにおいがしていた職員室前の廊下にいた。学校指定の白ズックの、親指のあたりが擦り減って糸が散り散りになって、ついに穴が開いてしまったのを見つめている。穴の輪郭は散り散りにほつれた糸の先が縁取られていて、私はそれがとても気に食わなかった。うまく表現できないけれど、穴そのものを嫌悪しているのではなく、今まで布として機能していた糸の連なりが崩れてみっともなく糸が飛び出ているのが不快だったように思う。その円をもっと硬質なものにしてしまいたかった。理科室の戸棚から硫酸の瓶を拝借して、ツツーッと穴のあたりに垂らしておく。小学校の理科室は古典的な理科室であって、よくわからない生物を閉じ込めたホルマリンの瓶でいっぱいの棚、入り口脇の人体模型、何故か地球儀(木曜島のことを考えるのが好きだった)。足元から薄く煙が立ち上るのでそちらに目をやると、足の甲が、というか甲が溶けたので理科室の床まで見えてしまっていて、さらに床は沸騰しているかのようにフツフツ爆ぜている。私の足の甲にまんまるの穴が開いていた。

2012/02/28

パンナコッタにかけるソースのことで殴り合いの喧嘩になった

田んぼのど真ん中にいきなり軍事要塞のような建物があるという、いまいち釣り合いの取れない風景のある町。その建物の壁は全てクリーム色ですべすべしていて、実は駅である。駅周辺はほとんど民家がなく、遠く地平線を山に囲まれているというのに、駅は東京のラッシュアワー並みに混雑している。この人たちはどこからやって来てどこへ行くのだろう。私は跨線橋の上から線路の束と騒がしいホームを見つめていた。鉄道の乗車経験が比喩でなく本当に数えるほどしかない私が作り出した駅はきっと少し偏った景色をしている。通勤中のエリートサラリーマンと、銘菓の紙袋を両手に提げたおばさん(白髪隠しに生え際を紫に染めている)と、キヲスクとカロリーメイト。駅の構内はいつだって遠い世界で、そこに仮初めに身を置いてまたどこかへ旅立つということの不思議さ。 
私はタウンページをおもむろに取り出して、賞状を受け取るときのように両腕をぴんと伸ばして支える。指の力を抜くと重心に垂直に引き込まれてゆくタウンページの黄色は、頁を風にめくられることなく、ただの塊として、落ちるところが始めから決まっている様子で離れてゆく。バサリという落下音だけが紙らしかった。それは枕木ではなく、レールに半分ほど凭れるようにしている。すぐ横の線路には快速列車が待機していて、人が乗り込む様子が見える。と、スピード全開の新幹線がタウンページのある線路に進入して来た。車輪はあの分厚く固い背をねじり潰し、逸れて隣の快速の脇腹へと突っ込んでしまった。脱線事故だ。新幹線の鼻はへこんでいて、快速の車両をぶった切る勢いで刺さっている。潰されたタウンページのことを思って少しのあいだ私はうっとりしていた。随分ひどい事故なのだけど、人びとは何でもないかのように行動している。潰れた車両から出てきた乗客が他の車両へ移ってゆくのが見える。ただそれだけのことらしかった。

キャラメルで妥協した

これの続きで、私はこの駅だけはやたらと立派な田舎町を歩いている。だだっ広い田んぼに民家が点在するだけのところなのに、人通りはやたら多いのだ。しかし同一犯によるものと思われる通り魔事件が次々発生する。鼻に南天の実を詰められたり、熊手でうなじを捌かれたり、わりとよくわからない被害ばかりだった。人びとはすっかり怯えてしまってみんなで歩かなくなってしまった。もっとも、彼らの家がどこにあるのか全く謎だけども。 
どうも私はこの土地の人間ではないらしく、出先でこの事態に遭遇してしまって避難場所を探しているらしかった。ひとりでふらふら人気のない畦道を歩きながら、見えぬ通り魔から逃げながら歩いているうちに日が暮れ始めた。そして私は唐突に用水路のわきにでかい、ものすごくでかいだし巻き卵を見つける。淡くやさしい黄色をしたそれの渦に迷わず潜り込んで身を隠した。入ってみるとだし巻き卵はしっとりとしていて、チーズ蒸しパンに似ていて、低反発枕のような心地でなかなか気持ちがよかった。これならナイフで刺されても刃先が届かないだろうと安心していたら目が覚めた。

2012/02/12

ルッコラ

戦争に巻き込まれていた。革命派だか何だかの勢力が乗り込んでいる船がたくさん浮かんでいる湾で、私は小さな白い漁船の甲板にうつ伏せになって隠れて、無人の船が勝手に流れているふりをしていた。身を隠すために積んだ木箱や布の隙間から外を覗き見ると、薬莢をたすき掛けした屈強そうな男が機関銃を手にうろついている。見回りをしているのだ。 

と、彼と目が合ってしまった。なぜ気付かれてしまったのだろう、顔色を変えて両の目玉がぎりぎり収まるほどのわずかな隙間をしっかりと認めて、彼は銃をジャッキリと構えた。恐怖を感じるより先に私は飛び上がり、そのまま海へとダイブする。衝撃で視界を遮る気泡が肌を滑っていって少しだけくすぐったい。しだいに開けてゆく海の景色のなかに、鈍い灰色の肌をしたサメがいた。私はそのサメの背ビレにしがみ付くと、サメは私を待っていたかのように勢いよく海の底へと向かう。海面を突き破った銃弾が水中で急速に力を失いながら私を追い越して行くのが見え、しまいには頼りなく漂うだけになった。サメの肌は滑り止め加工でもされているかのように、きゅっと手のひらに馴染んでいた。光がほとんど届かないくらいの深みまで沈んでもなお進み続けるサメにしがみ付きながら、耳から空気がごぼごぼ抜けてゆくのを感じていた。

2012/02/08

パラレル通信

私の夢の世界にはマスメディアがある。いや、誰の夢にもテレビや新聞は登場すると思うのだが、別々の日にみた夢であっても夢のなかでの出来事が途切れずにある。夢のなかでニュースに触れるとき、これは前にも聞いたことがあるな、という感覚があるのだ。 

いま私の夢の世界では、7歳ほどの女の子が川に流されて行方不明となっている。夢において彼女が私の運命に関わってくるというわけではなく、女児が行方不明という事実があるだけだ(夢を事実と呼べるかどうかはまた別の話だ)。むごいことに彼女の小さな左目だけは見つかっているのだという。彼女が鉄砲水にさらわれてから日にちがたっているのでもう駄目なんでないかと真面目に考えている自分がいて、ちょっとおかしい。「いなくなった」という話のなかでしか認識できない存在は、どこに行き着くのだろう。

2012/02/07

かぐわし

雨だれの跡がついたトタンや錆だらけの鉄板で出来た工場とスラム街のような所帯染みたあばら屋の連なり、そびえ立つのは丸みの削がれた硬質な灰色のビルディングたち。このちぐはぐさは私なりのレトロフューチャーだった。そしてそこは、真実、ゴーストタウンだった。というのも、街のほとんどは海に沈んでしまっていたから。かつて人間で賑わっていた下町にも、街を浸食した水中にも、生き物はひとつもいなかった。かろうじて空をまっすぐ貫いたままのビルディングやタワーの切っ先にたまに鳥が止まっては飛んでゆくだけだ。 

私はクジラの死体ハンターだった。水面上昇により海が陸地に手が届いてしまったとき、海の生物も思いがけず街へと流れ込んでしまったのだが、それらが海水に浸った街に定住することはなかった。廃工場あたりから有害物質でも漏れているのが原因なのでないかと思う。そこはいのちの空白だった。 
そんなところにもまれに迷い込む生物がいて、いっとう目立つのはクジラだ。私はこのクジラの死体を回収する仕事をしていた。クジラの死体などどうするのかというと、竜涎香、つまり脂は香料になるし、損傷が少なく状態が良ければ骨格標本としても売れる。知らせが入ると私は街へとボートを漕いで迷いクジラを探しに行く。

気持ちのよくない話で悪いが、水死体の内臓にはガスが発生するために水面に浮かぶというのを聞いたことがあると思う。この迷いクジラたちも同様にガスを内に抱えているのだが、いかんせん身体が大きく重いのでそうそう簡単には浮かんでは来ない。そんなとき私は満月の夜がやって来るまでクジラを海の底に沈めたままにしておく。満月の夜にはこのガスの浮力が増すということになっているからだった。

満月の夜、私は廃工場にクジラを回収しに出た。なまっちろい腹をわずかに膨らませているガスと月のおかげで海底からは浮いていたが、腐食のためにもげてしまって下まで届いていない階段に引っ掛かっていて、転がっていた鉄パイプでつつくとつっかえが外れてゆらゆらと上にのぼってゆく。あとはそのまま水面に向かって漂うだけだ。香料が採れるだけあって、さすがいい香りがしていた。半透明のトタン屋根から月の光が透けて、光線が水の揺らめきで歪んでいる。記憶の中の、まだ水泳ではなく水遊びのためのものであった頃の、夏休みのプール。淡い黄色や薄桃色がきらめいているさまを眺めながら、私は宮沢賢治の、クラムボンが笑ったよ、とかいうあの文章を思い出していた。小学校の教科書に載っているその作品のことを思うとき、私の頭には温かで控えめな色のセロハンがぼんやり浮かぶのだった。ひどく穏やかでやさしい夢だった。 

起きたあとで、月の光の淡い黄色や薄桃色はヤマナシの色なのだろうかと思った。

2012/02/03

教育とは

あの夕陽に向かって何とやら、もう本当にドラマに出て来そうな、夕方にはオレンジにきらめく川沿いの町の高校に私は通っていた。夢の内容とは直接関係ないけれど、その河川敷には小学館の社屋があるということになっていた。この高校というのが馬鹿でかい敷地を所有しているところだった。一見すると体育館やプールや農場といった施設が町のなかに散在しているのだが、そうではなくて、学校の広大な敷地のなかに一般の住宅街や商店などがあるということになっているらしい。そんな校地であるので、授業の選択によっては休み時間のあいだに自転車で移動しなければいけなかったりして、当然ながら遅刻者が多い。そのために単位を落としてしまい留年をする生徒が続出し、全校生徒の数は年々増えつつあるのだという。 

友人が体育の授業に遅れそうになっていて、自転車で体育館に向かおうとしていた。しかし鍵を紛失したらしく、施錠されたままの後輪が動かないので困っていた。私は現実世界以上の馬鹿力の持ち主であり、片手でロック部分を握り込むとそこをベキリと粉砕してやった。自転車の鍵は壊してしまえば動かすことが出来るのだ。友人はたいそう感謝していたが、その後すぐに目が覚めてしまったので彼女が遅刻せずに済んだのかは知らない。