2013/10/21

こねこのはなし


そんな 私にも 地獄はやってくるのでした


地獄のような 夕暮れが 人びとの目を焼き 世界を赤く染めました

何にも 見えていない目は 焼いてしまいましょう

そう言った こねこの目には なみだが浮かんでいました

そのなみだは とてもとても美しかったのですが 目を焼かれた人びとには 何も見えませんでした

人びとの目は もう 美しいものをみつめるためのものでは無かったのです

美しい思い出だけが 人びとの心のなかで 赤いひかりのなかで くるくると きらめいては 消えてゆきました


消えてゆきました


誰もいなくなった 丘のうえで こねこはひとり なみだを拭きました

あと何回 ひとりぼっちでなみだを流すのでしょうか あと何回 地獄をみつめなければいけないのでしょうか

そのことを考えると こねこはいつも 途方もない気持ちになります


夜がやってきました

こねこは夜のことがとても好きでした 自分のからだのさかいめもわからないのに 星だけは 煌々と輝くのです

南の空に ひときわ光る星がありました 光の早さで 三億年のかなたにあるといわれる星です

この星は 少しずつこちらに近寄っていて いつかここを飲み込んで焼き尽くしてしまうのだといいます  

こねこは その日を 待っているのでした

美しい夜の空をみつめ 魅入られて いつしか眠りにつき 夢を見ます いつかやってくるそのときに 今までに目にした人びとと同じように ありったけの美しいことを考えながら からだを焼かれるように そのための練習を毎日くりかえしているのでした

こねこはもう 数えきれないほどの夜を過ごし 数えきれないほどの地獄の夕暮れも過ごしました


美しいことってなんだろう?


こねこはときどき苦しくなります それでもまだ まだまだ 星はやってきません なみだで星がぼやけて 少しだけ大きく見えます


こねこは眠くなってきました


丘のうえに横たわり きのう見たたんぽぽの夢を思いながら まぶたがだんだん閉じてゆきます 地獄の夕暮れに焼かれるときの練習です

星に祈りながら 眠りに落ちてゆきます 平和な朝日がのぼるまでの 呪いの時間です

こねこが南の星に飲み込まれるまで 果たしてこねこの目は 美しいものを映し続けていられるでしょうか そんなことは 誰も知りません


知っているのは 南の星だけ 光の早さで三億年のかなた



おしまい