2011/09/24

罪深いはなし

9月24日の夢

私はベージュの上等なツーピースを着ていた。顔には現実ではしたことがないような隙のない化粧が施され、髪はつむじのあたりで纏められてちょっとしたタワーのように整えられていて、髪にヘアオイルの馴染んでぼんやりと艶があった。おそらく働く必要のない身分の女性なんだろう。じっさい私はどこかの裕福な家の夫人であるらしかった。淡いテラコッタの校舎みたいな作りの建物のなかを歩く。壁や床に染みがついてたり、ポスターが剥がれかけていたりして清潔とは言えないところで、たまに切れている蛍光灯のカバーには埃が積もっているんだろうと思った。植物園と東南アジアレストランを兼ねたガラス張りの部屋で、私は知らない女と食事をする。食事用のテーブルと生き生きとした観葉植物がごっちゃになっていて、給仕係が歩くたびに頭に葉や枝をぶつけるので緑がわさわさと揺れる。外はとても晴れていて、天井から壁までいっぱいのガラスが光を燦々と取り込んで白のクロスを載せただけの円卓に反射して眩しかった。私はベトナムフォーの汁をクロスにいくつもこぼしながら、向かいに掛けた女と世間話をしながら食事をした。
食事を済ませた私たちは連れ立ってトイレに入る。古いデパートのトイレのようであまり掃除が行き届いておらず、個室のドアは立て付けが悪かったので力いっぱい閉めたので大きな音を立ててしまった。 

和式の便器をまたぐと股のあいだを生卵がふたつずるりと伝って便器に落ちた。水のたまった陶器の便器に浮かんだ卵のうちひとつは、目玉焼きにフォークを入れたように黄味がわずかに破けて中身がじわじわ流れ出ていた。わけがわからないまま水に混じってマーブル模様をつくる黄色を見つめながら、何やら私は大変なことをしてしまったらしいことだけ理解した。ふと顔を上げるとそこはトイレなんかではなくてさっきの植物園レストランで、女が目の前にいた。「あら、双子は無理ね」と女が笑いながら言うので、この卵は私の子どもで、流産させてしまったのだと気付いた。そしてうちひとりは、破けてしまった黄味のほうはいっそうひどい状態なのだ。目の前で笑う女は私のことがとてもとても憎く、いま心の底から愉快で堪らないのだろうとも悟った。
その不幸な出来事のなかで私がいっとう罪深いのは、子どもを死なせてしまったからではなく、悲しみよりも生理的嫌悪感を感じてしまったことだった。卵が腿を滑り落ちていったとき、肉体に纏わりつく何かに対して催される不快感、真夏の人込みで汗ばんでしまった時の気持ちに似ていた。