2012/01/09

3乗

職場の外装が雪山のロッジ風になっていて、丸太を積み上げた壁、三角の屋根からレンガの煙突が突き出ている。軒にぶら下がるつららがあまりにも立派なので感心していた。 
スタッフルームにはテレビが設置されていて、フィギュアスケートの世界選手権が放送されているので上司とそれを何となく眺めている。優勝したのはちょっとくすんだブロンドの北欧の若手選手で、まだ15、6歳ほどに見える男の子だった。彼は息を切らせながらはにかんでインタビューに応じるのだけど、インタビュアーの栗毛をポニーテールにした女の子が彼にキスをする。それも1回ではなく、何度も何度も。演技を終えたばかりで整わない息の合い間合い間に健気に喜びを口にするたび彼の口が塞がれてしまうし、彼女はマイクを放り出して両手を彼の頬に添えるなどし始めるので、私はいったい何を見ているのだこれは何なのだ!とうろたえるのだった。どうやらふたりは恋人同士であるらしく、交際の事実は世間には隠していたらしい。しかし彼が優勝した場に居合わせた彼女はたいそう興奮してしまい、それこそ仕事を忘れるくらいに興奮したためにこのような行動に出たようだ。
何度目かのキスのあと、とうとう彼が痺れを切らして彼女を突き放してしまう。興奮を抑えきれなかった彼女とは対照的に彼のほうは冷静で、公衆の面前でみっともない姿をさらした彼女に失望して腹を立てている。そう、この様子は全世界に中継されているのだった。 

世界じゅうが見守るなかで修羅場に突入したふたりをぼんやり見つめながら、私はキューブ上の牛脂のパッケージを破いていた。ステーキ肉売場に置いてあるアレである。夢の世界ではこたつにみかんの感覚で牛脂を食べているらしい。けっこう大きな塊であったので前歯で半分ほどかじるのだけど、固まったラードのようでいて、しかしあまり食べ物らしくないケミカルな脂肪の風味に胃のむかつきを抑えられずに吐き気をもよおす。そんなタイミングで、私は何日目かの早朝覚醒をしてしまった。