2012/02/28

パンナコッタにかけるソースのことで殴り合いの喧嘩になった

田んぼのど真ん中にいきなり軍事要塞のような建物があるという、いまいち釣り合いの取れない風景のある町。その建物の壁は全てクリーム色ですべすべしていて、実は駅である。駅周辺はほとんど民家がなく、遠く地平線を山に囲まれているというのに、駅は東京のラッシュアワー並みに混雑している。この人たちはどこからやって来てどこへ行くのだろう。私は跨線橋の上から線路の束と騒がしいホームを見つめていた。鉄道の乗車経験が比喩でなく本当に数えるほどしかない私が作り出した駅はきっと少し偏った景色をしている。通勤中のエリートサラリーマンと、銘菓の紙袋を両手に提げたおばさん(白髪隠しに生え際を紫に染めている)と、キヲスクとカロリーメイト。駅の構内はいつだって遠い世界で、そこに仮初めに身を置いてまたどこかへ旅立つということの不思議さ。 
私はタウンページをおもむろに取り出して、賞状を受け取るときのように両腕をぴんと伸ばして支える。指の力を抜くと重心に垂直に引き込まれてゆくタウンページの黄色は、頁を風にめくられることなく、ただの塊として、落ちるところが始めから決まっている様子で離れてゆく。バサリという落下音だけが紙らしかった。それは枕木ではなく、レールに半分ほど凭れるようにしている。すぐ横の線路には快速列車が待機していて、人が乗り込む様子が見える。と、スピード全開の新幹線がタウンページのある線路に進入して来た。車輪はあの分厚く固い背をねじり潰し、逸れて隣の快速の脇腹へと突っ込んでしまった。脱線事故だ。新幹線の鼻はへこんでいて、快速の車両をぶった切る勢いで刺さっている。潰されたタウンページのことを思って少しのあいだ私はうっとりしていた。随分ひどい事故なのだけど、人びとは何でもないかのように行動している。潰れた車両から出てきた乗客が他の車両へ移ってゆくのが見える。ただそれだけのことらしかった。