泳げないムカデ
私は爪を短く揃える習慣が身に付いているわりには靴下や布靴の先をすぐに駄目にしてしまう。身長に比べて靴のサイズは小さいほうだというのに。卒業した翌年に廃校になった出身小学校の、いつもコーヒーのにおいがしていた職員室前の廊下にいた。学校指定の白ズックの、親指のあたりが擦り減って糸が散り散りになって、ついに穴が開いてしまったのを見つめている。穴の輪郭は散り散りにほつれた糸の先が縁取られていて、私はそれがとても気に食わなかった。うまく表現できないけれど、穴そのものを嫌悪しているのではなく、今まで布として機能していた糸の連なりが崩れてみっともなく糸が飛び出ているのが不快だったように思う。その円をもっと硬質なものにしてしまいたかった。理科室の戸棚から硫酸の瓶を拝借して、ツツーッと穴のあたりに垂らしておく。小学校の理科室は古典的な理科室であって、よくわからない生物を閉じ込めたホルマリンの瓶でいっぱいの棚、入り口脇の人体模型、何故か地球儀(木曜島のことを考えるのが好きだった)。足元から薄く煙が立ち上るのでそちらに目をやると、足の甲が、というか甲が溶けたので理科室の床まで見えてしまっていて、さらに床は沸騰しているかのようにフツフツ爆ぜている。私の足の甲にまんまるの穴が開いていた。