2012/03/24
白夜ごっこ
雪山の、スキー場に隣接しているタイプの宿泊施設が集まったリゾート地に遊びに来ていた。シーズンということ、そしてちょっとした温泉があるということで幾らか賑わっていた。そこの地形が少し変わっていて、中国の岩窟のようなのだ。高い高い崖がゲレンデの頂上にそびえていて、その壁をえぐるようにホテルや小屋が建てられている。
私はふもとからホテルに向かって歩いていた。スキー靴を履いていたので膝から下が固くて大変に歩きづらく、ヒョコヒョコと歩いていた。一台の白いバンとすれ違う。何となくそちらに目を向けると、ある有名人が運転席に座っていた。夢のなかで私と彼とは旧知の仲ということになっていて、その山で実に久しぶりに偶然に再会したので互いに驚いている。彼は何事かを私に向かって喋っているのだが、窓も開けてくれないので何を言っているのかわからず、車はそのままふもとへと下ってゆく。私はそれを追ってまたふもとへと戻ることにした。
彼は私が泊まっているのとはまた別の、民宿っぽい雰囲気のホテルに滞在しているらしかった。こげ茶の木目の廊下の突き当たりに風呂があり、のれんをくぐって脱衣所に入ると服が丁寧に一式たたまれている。昼間だからか貸切状態で風呂を楽しんでいるらしい彼を木のベンチで待ちながら、脱衣所の壁や天井をぼんやりを眺めている。青と白のタイルは脱衣所というより浴室のほうらしいつくりで、眺めれば眺めるほどに、脱衣所と風呂を間違えてごっちゃにして作ってしまったんでないかしらと思われた。しばらくして風呂の擦りガラスの引き戸が開いて、戸のすぐそばに掛けられているシャワーカーテンらしい布からひょこっと彼が顔を出した。電気を点けていないらしく、向こうは暗かった。
「なんだお前、待ってなくても良かったのに」
「さっき何て言ったの」
「いつ?」
「外ですれ違ったとき、聴こえなくてわからなかった」
「ああ、トイレ行くからって言ったんだ、あれは」
会話が途切れると彼はまた向こうに引っ込んでシャワーを浴び始めた。少ししてからローブを身につけて出てきた。私の隣に腰掛けて、ため息をひとつつくと、うつむいてそのまま泣きだしてしまった。そして「火あぶりになんかしなくたっていいのになあ、ひどいなあ」とぽつりと呟いた。ジャンヌ・ダルクのことだと何故だか分かった。さめざめと泣く男の隣に座りながら、ああこのひとは何百年も同じことのために泣いているのだなあと思っていた。